■ぴーちのきながな毎日■

不安神経症うつ症状、パニック障害を抱えつつオークションをしています。恵みによって生かされてるクリスチャンの日記です!

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心の癒しスタート篇




こんばんは~(°▽°)

つっーかっーれっーたっーー(( _ _ ))..zzzZZ

今日は1日、寝ては起き、また寝ては起き、夕方まで寝てました。

日曜日には、礼拝に行って…

月曜日には、友達とランチ…

火曜日には、レボン礼拝…

と、私にしてはハードな日々だったので、今朝は起きれず。

首と肩と背中が痛くて、疲れて起き上がれませんでした。

そんな中でも、「鬱じゃないからいいな」と思ってました。

でも、疲れがきっかけで体調を崩すこともあるので、

侮れませんけどね(^-^;でも、気持ちは元気!





私が心の内面の癒しを体験するまでは、いろいろ試行錯誤しました。

最初は、子育てで息子をなかなか愛せなくて、苦しみ、

両親との、めちゃめちゃな関係を兎に角整理してみました。

小さい頃の家庭環境がどうだったのか?は割愛して。

私が本来、両親に対して抱いている怒りの感情を弱い立場の息子に向けてしまったんです。

(感情転移と言い、本来の相手に直面出来ない時に、周りの弱い人に感情をぶつける事です)

息子には可哀想だったし、自分がどんな事をしでかすか怖かったです。

でも、どうしようもない!どうしようもない!何かに怒ってました。

私の心の奥底には「激しい怒り」がありました。

自分で自分をどうにも出来ないジレンマの中で、一人の脅迫神経症の人の話しを読みました。



その方は東京の名医から「一生治らない宣告」を受けて、

最後の覚悟で牧師のカウンセリングにすがったそうです。

最初は、牧師に「怒りの全てをぶちまけて」反応をみました。

先生は、それでもいつも変わらない態度で受け入れて下さったそうです。

それはしばらく続きました。

その後、イエスさまの十字架の話しを聞いて、十字架に向かって自分の怒りをぶちまけました。

イエスさまの流された血潮を見た時(心の目で)、やっとスッキリしたそうです。




私には、当時サポートしてくれる先生はいなかったので、

そのお話しを頼りに、イエスさまに向かって心の思いのたけをぶちまけました。

そして十字架の血潮を仰いだんです。

十字架から流された血潮…それは地面につたい流された…

その時に、私の心にもやっとホッとした安心感が来ました。

激しい怒りが癒された瞬間でした。

(この事では、長い間苦しみました)

それからは、無下に息子を叱ることもなくなり、愛する心が芽生えて来ました。

やっと人間らしい心を持ったと思いました。やっと母らしい心になりました。

十字架には具体的な根拠のある癒しがあります。

心も身体にも。




それは十字架の力を知った第一歩でした。

それからまた何年もして、更に十字架の違う恵みに目が開かれました。

私の心の中にある「見捨てられ不安」からの解放です。

いつも、外面とは違い「見捨てられ不安」がありました。

私が信仰の当初、信仰生活をバリバリ頑張ったのには、

イエスさまへの熱意も確かにあったのですが、

それ以上に、目に見える牧師に見捨てられないように…。

という、歪んだ心がありました。

「見捨てられるかもしれない」という恐怖は小さい時からありました。

それは、小さい頃の家庭環境によると思います。




ま、その話しは次回にしようっと・気まぐれ(笑)




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田舎でのんびり生きている私ぴーちの、のんびりした毎日です。
不安神経症を抱えつつ、洋服のオークションとフリマをしています。

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