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■ぴーちのきながな毎日■


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ベルトをしめよう!

2007.09.28(20:39) 181

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今日は恐らく良いお天気になるだろう。。。と予測してショートパンツを穿いた。

がっ( ̄▽ ̄;)!予想に反して雨が降り寒くなって来た。
私が今日穿いていたショートパンツは、カーキ色で友人のリサイクルショップで、一目惚れして買ったものだ。ブランドも良いし、ポケットも面白かったので、即買いした。いつもなら試着するのだが、夫が一緒にいたので急がすし、サイズ表示が(1)…大体7号位、小さいはず…だったので、迷わず買って帰った。

しかし、穿いてみたらブカブカだった(-_-;)…なぜだ?でも、穿けない訳ではないから、まっいっか~。しかし、ジッパーを下ろさずにトイレに行けるのは楽で良いけど、ずれそうなんだが(>_<)。
そこで、付属のベルトを思い切り絞めた。これでやっと安心して買い物が出来る状況になった。見た目はちょっとしわしわでカッコ悪いが、ショートパンツがズリ落ちて有名になるよりマシだ(笑)。

さてと、本題に入ると…今の日本はみんな、ズリ落ちそうなパンツをギリギリで穿いている状況に似ていると思う。
聖書には「腰に真理の帯をしめ…」とある。真理とはイエスさまである。本当の事とも訳せるかもしれない。
なにが正しくて、何が本当の事で、どう生きたらいいのか?全く分からず、ズリ落ちそうなのは分かっているのだが、どうして良いのかわからないのではないか?と思う。
とりあえず、パンツが落ちないように一生懸命、手で押さえているのが、大方の人達の生き方になっている。

子供たちは夢を持てない。秩序を見失なって、殺人、不正、私利私欲に走るか、諦めるか?家庭は崩壊しているか、かろうじて形だけ残してあるか。
大人も躾を受けた事が無いので、子供達を躾られない。第一何処の方向に向かって良いのかは、大人も知らない。

イエスさまと言う、しっかりした真理の帯を絞めて、正義を目標にして、前に進むなら、この日本は素晴らしい能力を発揮すると信じている。

「立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、平和の福音の備えを足にはき、その上に、信仰のたてを手に取りなさい。」(エペソ6:14~16)
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将来の夢

2007.09.22(02:21) 180

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わたしには、随分前から「将来の目標」なるものがなく、今までは不思議にも思わなかったが、近頃ちょっと気になって来た。

小さい夢は、かなって満足している…自分の部屋に、手すりのないシンプルなベッドを置いて、チェストの上に花柄のタッチライト…これは友達からもらった。ちなみにベッドは息子から5000円で買った(笑)。27000円くらいの物だから、まあいい。息子がバイトしていた頃に買った。
我が家は自分の物は自分で買う…と言う方針。娘は大きくなるまで、それが当たり前だと思っていたので、友達が親に家具を買って貰うのが普通だと気づいて、驚いていた。友達にではなく、我が家の方針に…(笑)。

話しが逸れたが、花柄のカーテン!ベージュにシンプルな花柄。安かったから。しかし、なかなか気に入っている。
ベッドには宮が無いので、聖書と本とノートとファイルが、枕元に積んである。

娘のイスの上には、CDラジカセとコップと薬。あっ!エアコンのリモコンも。
枕は二つ…硬いのと柔らかいのと、カネゴンのクッションも…裏返すとウルトラマンになるが、これがとっても不細工で、カネゴンにしている。
これは、甥がUFOキャッチャーで取ったやつだと思う。誰も買わないだろうと思うから(笑)。

後、部屋には壊れたドラムもあるが、気にしないようにしている。敷物も欲しいがほとんど寝ているので、今の所はいらない。
今見たら、アンテナ線のないテレビもあった。先日までドラムの影に隠れていたので、夫はテレビの存在すら知らなかった(笑)。

あ~将来の夢だった…。
希望を言えば、冬場の半年間はハワイで過ごして、ホープチャーチに行き、後の半年は日本で過ごしたい。(まるで老後の計画みたいだなぁー・笑)
そう言えば、中野雄一郎先生が、将来ハワイに、日本で心病んでいる人や、引きこもりの人に休んで貰う施設を造る!とおっしゃっていたので、そこでお手伝いをさせていただいてもイイナー(o^-^o)

では、イエスさま。ちゃんとした夢が与えられますように…。

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2007.09.21(21:54) 179

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近頃、花を見るようになって来た。

年とって来たからではない。実はもう一つブログを取得してしまったので(取得するのが趣味らしくて)、そこに書き込みする時は、画像がないと気が抜けたみたいになるからだ。
もちろん、我が家にはもらった花しかないので、実家や隣家(笑)教会からパチリといただく。

花はいいな。イエスさまも花を見なさいと言われた。何も心配しなくても、綺麗な服を着せてもらっているから…。
栄華を究めたソロモン王でも、この花の一輪程も着飾っていなかったと言われた。

そして、わたしたち人間は花よりも勝っているのだから、神さまは花以上に良くして下さると言われた。

人間は特別なものとして造られたから、すごい!だから、簡単に死んだりイジメたりしないで欲しいと思う。

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思い煩い

2007.09.21(01:29) 178


「何事も思い煩ってはならない。」(ピリピ4:6)


バラ

↑↑クリックするとデカクなりますよ(゜▽゜*)隣の庭のですが・・・(笑)

寝てたら急に「あなたの重荷を主(イエスさま)に委ねなさい」と言う思いが来た。

特に深刻な悩みがあって、思い煩っていた訳ではないが、元々とても深々と考える方である。それが発展して思い煩いになる事がある。
また、深く探求する性質がある。それは、なんと長年生きて来て最近知った(笑)。

オークションをしていて、無意識にドンドンあれやこれや見て、自然になぜ売れるのか?研究しているのだ。普通のマーケットやショップについても、意識しないのに分析している。

良い事に活かせれば、いいのだが…(笑)。今の所、考え過ぎになりがちなようだ。

思い煩いや心配には、百害あって一理無しだ。さっさと、イエスさまにお任せして、ゆっくり寝たいものだと思う。
心配したとて、何も好転するはずもないのだから、聖書にあるように、祈った方が一番だ。

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気分爽快\(^O^)/

2007.09.20(02:35) 177

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昨日の朝は不思議な朝だった…。目覚めがスッゴい気分が良かったからだ。

夢は、何だか怖い夢だったような気がするのに、気分は爽快だった(o^-^o)。
不思議……。

毎日、いろんな日があったかと思えば、今日みたいにフツーの日も合って、また感謝!だ。

結局、みんな感謝だから、クリスチャンって特だと思った。。嫌な事や試練も、益と変えられるから本当の意味でマイナスな事はない。

若い時の苦労はしとくもんだ。ってどんな苦労じゃ?「昭和のおしん」ばあちゃんの苦労に比べたら、苦労にはならないが、私は私で苦しかった。

「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。(ヨハネ16:33)

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イエスさまを呼ぶ人

2007.09.18(18:14) 176

クリスチャンになったら、何も誘惑に合わず、問題もなく、苦しみも試練もなくなる…何て言う人がいたら、その人は本当のクリスチャンでないか、聖書をまだ読んでない人だろう。

イエスさまでさえ、誘惑に合われたのだ。ただ、誘惑に乗って罪は犯されなかったが…。

今日はあまり調子が良くないとは思ったが、気分転換に、三刀屋のリサイクルショップまで行って来た。
出てすぐに後悔した…遠い(笑)引き返すのも面倒なので、行ったが。岐阜に比べたら近いのになぁー(比べものにならない・笑)

帰って来たら夫の機嫌が悪い。もちろん!私のせいではない…後で聞いたら仕事でミスがあったので、バタバタしていたらしい。いつもの事ながら、私が当たられるのは嫌なものだ。
言い分もある。いろいろ言いたいが、言ったら余計に叱られる。長年の経験で何を言われるか?も想像がつくし…(苦笑)

そこで、夫の依頼のあった事を嫌々引き受けつつ、考えた。
「昔は、自分の意見を言う事さえ許されず、黙って我慢していたら、鬱状態になったんだよなぁ~。」

でも、今から言うのも疲れるだけだし…そしたら、頭の中にさっきまで聞いていた賛美が浮かんで来た。
「イエスを呼ぶ者は救われる~♪」

ちょっと呼んでみよ…と「イエスさま。イエスさま。」それから、この事を白黒させるのではなく、イエスさまに全てお任せしようと思った。

それから、数分後…夫が帰って来た。
「どうしたの?用事終わった?」
「いや、自分が調子悪いと思って帰って来た。用事は遅れるって電話した。」
「ありがとう!」

何だか、何が何やらって感じで、夫が私を理解してくれたのだ。

もちろん「主の御名(イエスさま)を呼ぶ者は救われる」と言うのは聖書の言葉である。

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インフォメーション~!

2007.09.16(09:25) 175

こんにちは~

いつもブログを見て下さってありがとうございます。

★ぴーちのきながな掲示板★を作ってみました。

HPの玄関から入れますよ。アダルトはです

何でも良いですから画像をどうぞ~

では、今からに行ってきま~す

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解き放たれて…

2007.09.14(22:57) 174

私が中高生時代に悩みだったのは、意外にも家庭の事情ではなく、自分自身の性格など自分に関する事だった。

私はいろんな劣等感を持っていた。容姿と性格が一番大きなものだったように思う。家庭が喧嘩の絶えない事も惨めに思っていた。

私は高校生の時には、結婚出来ないかも知れないと、かなり真剣に思っていた。それ以上に私には、性格の悩みがあった。明るい…なのに暗い…社交的…友達もいて交換日記もしていたのに、孤独な気持ち。

ある日、元気のない私を呼び出した担任の先生に、訊いた。
「なぜ?人は生きているのですか?」
「なぜ?人は生きて行かなければいけないのですか?」

今思えば、先生を困らせた生徒だったと思う。
しかし、その日があったから今日がある。私はそれから潜在的に真理…本当の事を求め始めた。

後に教会に行き、イエスさまを知ってから、私は容姿について悩まなくなった。少しは劣等感はあったが、優しくしてくれる男性もいたし、彼氏も出来たし、遂には私を愛してくれる夫と教会で出会ったからだ。

また私にも生かされている意味があると知ったから、安心して生きて行けるようになった。問題がなくなった訳ではないが、問題や試練にも意味があると、心底分かったからだ。
私は、やっと自由を得る事が出来たのだ。

「また真理(イエスさま)を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう。」(ヨハネ8:32)

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プチ命がけの愛

2007.09.11(00:20) 173

子育てと言うのはままならないものだ。

もう我が家は21才と18才の子供とは言い難い子育てながらも、まだまだ確かな道に導く使命があると感じている。
娘の方は、名古屋の教会に行き、一人暮らしの中の短大暮らしだから、自分で考えて決めて行動せざるを得ない状況なので、親としても祈るばかりである。

しかし息子の方は、一筋縄では行かない。夕べは、彼が私にふっかけて来た。内容は重要ではないが、私が動揺するか?本気か?私の弱いところを的確に付いて来る。そして、それは大変的を得ているので、自分の力ではたちうち出来ないと感じるので、祈りながら対応しなければ、やられてしまう。
私は、自分が負けるのは何とも思わない。今まで、私の人生負け犬人生だったのだから…。痛いめにも一杯合って来た。もちろん自業自得である。

しかし、息子が私を負かして自惚れ、思い上がる事があるとすれば、それは彼の人生を虫食いのように侵食して行くだろうと心配しているのだ。
謙遜である事は、どんな宝物よりも美しく貴重な財産なのだ。
私はそれを、頭にコブが出来る程に教えられて来た。もちろん、既に到達したなどと寝ぼけてはいない。一生の課題であり、財産だから

息子が私の部屋を出てから、私は思いっきり泣いた。彼が、私の愛を試していると分かっていても、私も生身の人間だから、力が弱らされる。酷い事を言われた訳でも議論した訳でもない。ただ、私を見透かすように心の裏側を見ているのだ。そして、私は心を注ぎ出して彼の為に祈った。

そして、今日…もちろん夕べの事は彼にとっては、何でもない事なので、普通にいろいろ話していたが、私は彼にへつらおうとも、特別に気にしようとは思わなかった。
普通に彼が寝てる間、オークションの仕事をしたり、適当に過ごしていた。
夜になってパソコンをしている私に彼は…。
「『コードギアス』見ようよ」と言って来た。
いつもなら乗る話しだが、パソコンの作業も乗って来たので断ったが…。
「お母さんの為に借りてきたのに…」と言った。
もちろん私も面白いとは思っていたので、今日でなきゃ断らなかっただろう。

少し考えて、息子の部屋に行き、一緒に見た。この時間が彼にとっては、私が思う以上に大事な時なのだ。その時々で人は違う…しかし、求めている物は同じ…「愛」だ。そのすべてを満たす方は、イエスさま以外にはいない。

「愛は寛容であり、愛は情け深い。またねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを望み、すべてを耐える。」(第一コリント13:4~7)

ぴーちのもう一つのブログ↓もよろしくです(*^ ^*)v
□■風吹く街で。。。■□

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瞬間移動…。

2007.09.09(21:12) 172


彼女はいつも、鉄棒の前に立っていた。

彼女はいつも大人しく賢かった。

何となくそこにいて、何となく前を見ていた。


大人は思った…よい子だからだろうと。

意思はどこかに置いて来たのだろうと。

時が過ぎて、みながバラバラに別れて、

彼女の事も、忘れさられた。


きっと、どこかの大学生になって、

しっかり者の看板をしょって頑張ってるだろうと。


しかし彼女は突然私の前に現れた。

ひとりの賑やかな孤独な少女として。


たくさんの過去を負い、傷ついたのだろう。

傷口は周りには裂けて見えるのに、

なぜか彼女には見えないように…。


しかし数年後、彼女が心底から笑う笑顔を、

イエスさまに静かにやすらぐ彼女を、

私は、微笑み見て祈っている。


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許しの恵み

2007.09.07(18:54) 171

最近主人とよくする言葉が…。
「またかぁ~(-_-;)よく見つかるねぇ。次から次へと…。」
ニュースを聞いているとすぐに気付かれると思うが、不正がドンドン!暴かれているのだ。
一昔前だったら、「そんなこと誰でもしてるよ~」と暗黙の了解だったに違いない。税金(公金)を自分のお金と、勘違いする人が多い。故意に…かな?
ところが最近は「秘密!&当然でしょ。」と当事者に思われていた悪事が、面白くないように(造語)暴れて来て、見ていると気分が悪くなりそうだ。私の同級生も、ある所で業務上横領で捕まった。

しかし、私たちも対岸の火事ではない。聖書には「全てが光の中に出される」とある。残念ながら、個人生活は免責とは書いてない。
私もある時を境にして、秘密を主人に全部話した。話したら傷つく人がいる場合は、イエスさまの前に告白して祈った。
神は真実な方だから、告白して許しを乞うた祈りは、イエスさまの十字架の故に許して下さる。感謝だ。一生、罪の秘密を抱えて行くには人生は長過ぎるからだ。

「なんでも、隠されているもので、現れないものはなく、秘密にされているもので、明るみに出ないものはない。(マルコ4:22)」

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迷子の羊

2007.09.06(00:04) 170

数日前に寝ようとしたら、なぜか?なかなか寝つけなかった。理由は、その日にいろんな人と話したので、その内容が頭の中をグルグル回っていたからだった。

おそらく、普段はほとんど決まった人にしか会わないのと、ちょっと問題を抱えていたので相談したりして、頭がパニックになっていたせいだろう。
その事は、それ以上考えても仕方ないので、イエスさまにお任せしようと思っていたのだが、全然関係ないカラオケの話しやら、お菓子の話しまで浮かんで来て、寝ようにも眠れない状態になってしまった(苦笑)

そこで思い付いたのが「羊を数える」と言う原始的な方法だった(笑)。「こうなったら試して見るしかないな!」っと言った半分ふざけたような動機で…。 「羊が一匹…羊が二匹…(結構、真面目に数えた)…羊が五十匹…羊が九十九匹…そして遂に、百匹目は私!(笑)」これを3回したところで眠れた…眠れたのだ。
凄いなぁ!昔の人の言い伝えは…と感心すると共に、この言い伝えは、羊飼いの身近にいる人たちの言い伝えだろうと思った。
なぜなら日本人なら、羊じゃない…猫が一匹?変だ。第一猫はきちんとならばない(笑)。犬?犬は何頭も、それも百匹など並ばないだろう。牛?牛だったら「もう~もう~!」煩くて眠れないだろうし、牛を百頭飼っている人って、日本ではなかなか並ばせられないと思う。思っただけで汗が出る。
イスラエルの遊牧民族は羊を飼っていたので、中東かイスラエルの言い伝えではないか?知っている人がいたら教えて欲しい。

では、なぜ?百匹目は私!!(笑)なのか…。私はお行儀が悪くて、飼い主の言う所に着いて行かなかった不良の羊だったので、迷子になってしまったからだ。イエスさま!探しに来て許して下さってありがとう(^O^)


「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは探し歩かないであろうか。そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、家に帰ってきて友人や隣り人を集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。(ルカ15:4~6)」

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溶かす愛に・・・。

2007.09.04(18:38) 169

荒涼とした砂漠で乾燥した石ころを蹴っていた時、私は恐ろしく孤独だった。

回りに確かに人の気配はあったのに、私とは無関係な世界に生きているようにかんじた。

湿気はあった…花も咲いていたはずなのに、私には乾燥していた記憶だけが脳裏に残った。

子どもだったはずなのに、私は憂鬱をすでに知っていた…私は本当の意味で子どもではなかったのだ。


だから…だから…だから。 私の堅くなな、心の殻を破って入って来るあなたの愛にであったとき、 私は生まれてはじめて、無邪気な感謝が溢れて涙になって流れた。

わたしはあなたに出会って、本当の人間らしさを取り戻したからだ。 いや、違う…その時初めて人間になったのだ。


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