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■ぴーちのきながな毎日■


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密かな願い

2007.04.27(18:31) 113

昨日まで煮詰まったような苦しい状態だったが、夜になってRieちゃん所に駆け込んだら、すっかり元気になって冗談も言えるようになった。

親友と言うのは有難いものだ。いつでも何でも話せて、一緒に泣いてくれる…喜びも悲しみも苦しみも共有出来る。もちろん人間同士だから完璧に「理解する」事は出来ない事もあるが、時にそこに居てくれるだけで、励ましや支えになる事だってある。

いつかも話したが、私は以前十年間付き合っていた友達がいた。しかし、価値観が違う事にだんだんとズレを感じて、心に「本当に分かり合える友達が欲しいな~」と思うようになった。その後に全く関係ない人との出来事を通して別れる事になったのだが、結果的には私の思いは叶えられ、あるビジネス本を通して仲良くなったのが今の親友だ。

私はその事について真剣に祈った訳ではなかったが、イエスさまは心の些細な願いも叶えて下さった。それが悪い物でなければ、強く願えば願う程しっかり聞いていて下さるようだ。

今の所に住む時にも、私は密かに「斐川町」に住みたいと願っていた。当時主人は実家のある旧平田市に家を建てる予定だったからだ。主人の両親がいるから嫌だとは言えなかったが、ナント消防法の関係で平田市にはムリだと分かり、晴れて(^O^)/斐川町民となれた。

神さまは真実なお方だ。心の密かな願いも叶えて下さる。
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苦しみの意味

2007.04.23(01:13) 112

疲れがとても酷い。言葉では言い難い程にだるくて、寝ていても苦しい時がある。

一昨日はだるいのを押して出かけたが、途中で蒼くなって帰ったし、昨日は礼拝のメッセージが終わって、即帰った。帰ってからは寝ていたが、そんな日は寝ていても苦しくて、夕方ヤットの事で起きて、選挙と買い物に行った。

クリスチャンは「イエスさまを信じたら何もかも、全てうまく行きますよ」とは言わない。それでは「黄色い財布」や「壷」と一緒だ。もちろん、イエスさまは経済的な祝福も健康も与えて下さるが、それ以上の考えがあって辛い時を許される事がある。

第一イエスさまでさえ、人間としてこの世の中におられた時には、あらゆる苦しみと苦難を味わわれたのだ。それは人間の苦しみを理解し、慰めるためだったと聖書に書いてある。

「主(イエスさま)は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。」(ヘブル2:18)

私も今の辛さや、今までの苦しみを知らなかったら理解出来ない人たちがいるのではないかと思う。
とちらにしても、いずれ分からせて下さるだろうと思う。イエスさまは良い方だから…。

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子供は神さまからのプレゼント

2007.04.19(00:15) 111

やっと娘のいない生活に慣れて来た。

ふっとスーパーで娘の好きな果物をカゴに入れて…はっ( ̄□ ̄;)!!っと返して、息子の好きなジュースを入れたりする時には一人で苦笑してしまう。何気ない時、何気ない風景に娘を思い出すものだ。
メールや電話はするけれど、会っていろんな話が出来ないのは、やはり寂しいものだとつくづく思う。それで更に気付いたのだが、娘とは結構話をしていて大きな存在だったのだと思った。

小さい時には私に子育てを教えてくれた。そして6年生の時に私が泣いていたら、そっとメモを渡してくれた。最近でも苦しみの中で、自分の存在を否定してしまいたい衝動に泣いていた時、メールで「…あなたのいない寂しさには及びません…」と支えてくれた。

今は、離れているので甘えてくれている。クールに見える彼女だが、本当はとても甘えん坊だった。そしてユニーク…と言えば聞こえが良いが「変わり者」だった(苦笑)。

これからの人生も、私は彼女は彼女らしくユニークな人生をイエスさまと一緒に歩んで欲しいと思っている。(GWにはまた岐阜に行く予定・笑)

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長崎市長銃撃事件

2007.04.18(02:25) 110

ショッキングな出来事が起きた。

長崎市長が何者にか銃撃されて、重体らしい。
「言論の自由」を「暴力」で封じ込めようとする力に、憤りを感じる。

確か、長崎市長は以前にも狙撃された事があったような気がするが…詳細については忘れてしまった。
容疑者がきちんと罪を認め、背後関係を明らかにして欲しい。願わくば容疑者が自分のしてしまった事の重大さに気付き、新しい生き方をして欲しいと思う。

しかし今は何よりも、市長の命が助かるように祈る。助かって欲しい。生きていて欲しい。

イエスさまは言われた「剣を取るものは剣で滅びる」と。暴力(権力や圧力)で、国や人が変えられる事はない。日本はそれを体験した国ではないか?

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誇らしげな疲労感

2007.04.17(01:12) 109

疲れた…感謝だ…疲れた…ホントに疲れた…。

なぜなら私は、土曜日から3日間連続ハードな日々を送ったからだ。とは言え健康な人なら、パートに出たくらいの楽チンさだろうと思うが…(苦笑)。

土曜日からハワイの日本人教会の牧師、中野雄一郎先生が島根ツアーに来られたからだ。
都会の教会と違って、山陰の教会には交通事情や日程、予算の関係で何度も講師の先生を招く事が出来ない。だから、今回5つの教会が一緒に先生をお招きした。
当然、日程も恐ろしくハードなものとなった。私にとってではなく、先生にとってである。金曜日の夜から月曜日の朝まで、計7回のメッセージ…。先生の親友が東京で危篤だという中でのご奉仕だった。
「先生!東京に行ってあげて下さい!」とみんな、思っていても言えない。もう予定はぎっしりで、あらゆる事の予約がしてある。ドタキャンする訳にはいかないのだ。

先生は笑いながらおっしゃった。
「これは私の使命だからね。」しかし、何と!ハワイから奥さまを東京に呼ばれた。危篤の友達の奥さまを励ますようにと…。

この後はまた日本をあちこちして、一度4日間だけハワイに帰ってから中国……えっと~( ̄▽ ̄;)!(忘れてしまった・汗)あちこち外国を巡回される。今年の予約はいっぱいだそうだ。

と言うわけで、土曜日は2回松江の教会…夜は本拠地平田の教会…日曜日は普通の礼拝…月曜日は出雲の教会とついて回って、体力の限界に私は挑戦する事になったのだ。ところが体力の限界の前に、私には頭脳の限界が先に来たようだ(苦笑)

あまりに多くのメッセージを聞き過ぎて…頭がパニック!メッセージを覚えていない(;_;)
普段、講義を聞き慣れていないので、2回以上のメッセージを記憶しているのが難しいようだ。

後でゆっくりテキストとテープを聞こうと思っている。実際、あまりに面白い話だったで笑い転げていたので、このような結果になってしまった(笑)

それはさておき、その後で幼なじみのお父さんの葬式に行って帰って来たので、ウルトラスーパーハードな日々だった。3年前くらいの体力になっているようなので、イエスさまに感謝した。

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挑戦

2007.04.15(00:45) 108

いきなり大きな事は出来ないだろうと思うが、少しづつ小さな事から新しい事に挑戦したいと思っている。

みんなから見たら、たいした事ではないのだが、今までしたことのない新しい事をしてみよう!と自然に思うようになった。
初めて見るブランドを落札してみたり、ネットリサイクルショップで買って見たり、ネギを植木鉢に植えて見たり、階段を雑巾で拭いて見たり…些細な事だ。
どんなに些細な事であっても、新しい事をする事は勇気がいる。(階段を拭く事は勇気はいらないが…)

しかし、新しい事に挑戦して見なければ新しい事は始まらない。変化の苦手な私としては、一つ一つが大切な挑戦だ。メニューの新商品などは食べなかったが、近頃は無意識に選ぶようになっている。

変えなくても良い物と、変えた方が楽しい事があるようだ。

聖書には、心の一新によって自分を変えなさいとある。これは自分の努力で変えなさいと言う意味ではない。考え方の方向を、恵みによって変えると言う意味だと思う。
キリスト教は~~っていう先入観をちょっと外して、なになに??何を言ってるんだ?とでも、聞く耳を持てたら新しいものを見つける事が出来るだろうと思う。

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名もない女性から、今がんばっているあなたに

2007.04.10(23:29) 107


「昨日」は私を滅ぼせなかった。ならば私は「今日」にも倒されない。 これまでの私は、貧困と病に囚われた、底辺の人生を送ってきた。人々が「あなたは一体どうやって、この苦労を乗り越えてきたのですか。」と聞くとき、私はこう答えるようにしている。「『昨日』は私を滅ぼせなかった。ならば私は『今日』にも倒されない。そして私は、何が起こるか分からない『明日』のことは気にしない。」 これまで... 名もない女性から、今がんばっているあなたに




これは、私たちの生活とはちょっと違う環境の中で生きておられるGOTOさんの日記だが、引かれるものを感じた。誰も人と比較する事は出来ない。でも、このような過酷な状況の中でイエスさまと一緒に歩んでいる人たちを見ると、とっても励まされる。
どこに居ても、誰にでも、イエスさまの愛は変わる事はない。

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本当に大切なもの

2007.04.09(21:27) 106

この頃何気なく思っている事は「それは、まぁどうでも良い事だよな…」だ。
そう言えば聖書にも、
「しかし、無くてはならぬものは多くはない。いや、一つだけである。」(ルカ10:42)と書いてある。

些細な事に振り回されたり、気に病んだりしやすい私としては、かなりの進歩だと思う。
不安になったり心配しやすいのは、病気のせいもあるので気にしない事にした。不安や心配はそれ自体よりも、そうなる心の方に問題がある場合が多いと分かったからだ。

いつも楫先生の言葉が支えになっている。
「イエスさまは良いお方だから、きっと良いようにして下さるでしょう!」

根拠はイエスさまの愛…無くてはならぬものも、イエスさま。。。

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「旬」

2007.04.07(05:23) 105

3日程前から、調子は悪いが何とか午後からは持ち直し、家事も程々にしている。

この間に携帯を変えたり、オークションの仕事をしたり…と案外、元気な時より動いていたりする。父の看病にも実家に行っているのだが…先日は私の方が寝入ってしまい、看病されていた(^_^;)…父は順調に回復している。みなさんのお祈りに感謝した。

この頃日記がおろそかになっていたのは、それだけではない。オークションに力を入れていたからでもある。

季節の野菜に旬があるように、生きている中でも、その時々の旬があるものだ。その流れに素直に従って行きたいと思っている。なぜならその方が楽しく、かつ効率的だからだ。

「旬」の野菜が他の季節よりも美味しいように、より良い仕事、より楽しい人生の収穫をいただく事が出来るからだ。

目の前に与えられた事を、ゆっくり生きて行きたい。

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喜怒哀楽

2007.04.01(21:41) 104

娘との別れがこんなに寂しいとは思ってもみなかった。

娘を送った後R22号線を走りながら、おもいっきり泣いた。こんなに泣いたのは、じいちゃんが死んだ時以来だ。さっきまで隣で騒いでいたのに、今はいない。

昔は、感情を押さえる事が多かったので(表現方法を失った)心に涙が溜まって、淀んで腐った。腐った所がうんで、傷になってしまっていた。
そう言えば、よく以前は何が起きても「感情の針が触れない。センサーが壊れている。」と言っていた時期があったのを思い出した。誰かが怒っていても、悲しい事が起きても、まるで映画のひとこまを見ているような感覚だった。私の中の制御機能が働いて、これ以上処理出来なくて、限界に来ていた心をガードしていたのかも知れない。

だから、今は押さえ込むのは止めた。喜怒哀楽は神さまが下さった、大切な心の浄化作用装置なのかも知れないと思っている。

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2007年04月
  1. スポンサーサイト(--/--)
  2. 密かな願い(04/27)
  3. 苦しみの意味(04/23)
  4. 子供は神さまからのプレゼント(04/19)
  5. 長崎市長銃撃事件(04/18)
  6. 誇らしげな疲労感(04/17)
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  8. 名もない女性から、今がんばっているあなたに(04/10)
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